2019年4月

2019年4月 · 2019/04/25
私が学生時代には、モチベーションとかコミュニケーション能力という言葉は日常語ではなく、単なる英単語でした。言葉が流通して概念が広く認知されるということは、その言葉ないし、概念が世の中から必要とされており、かつ不足しているということです。物理的なモノの不足ではないのに、不思議ですね。差詰め今は、社会性と非認知能力でしょうか。...

2019年4月 · 2019/04/22
近年の帰国生入試の小論文で「ファッションの流行が作り出されていることについてどう考えるか」を問うものがありました。 私は、「流行は、来年はどうなるだろう」と見極めて作っているものだと思います。そして、ファッションは流行を作り出すものであり、作り出す側として「市場の一歩先、少なくとも半歩先を行かなくては」ならないように思います。...

2019年4月 · 2019/04/15
福沢諭吉は、自伝に「先ず獣身を成して後 人心を養え」と書いています。意味としては、先に体を鍛えることが大事で、それから心を養えということです。 確かに、肉体を鍛えるからこそ、内側からエネルギーがきちんと湧き出るように感じます。肉体を鍛えるきっかけとしては、スポーツがあります。学生時代に、スポーツをする意義は、いくつかあります。...

2019年4月 · 2019/04/10
トロントでは、学校での授業に「プレゼン」が、すっかり定着しています。「プレゼンの準備で昨夜は徹夜だった」「パートナーが欠席して分担してあったパートも一人でプレゼンすることになった」など、「プレゼン」が日常語になっています。日本に限らずアクティブ・ラーニングの実践度は、高まっていますね。さらに、デジタルネイティブ世代の子どもたちは、情報機器を使いこなしてプレゼンしています。社会変化が高速化していく中で、この子どもたちは、時代が求めるスキルをきちんと吸収し、消化しているのだなあと感動します。プレゼンはビジネスの領域の言葉ではなくなっています。 この数年でアクティブ・ラーニング自体への認知や取り組みの姿勢が、教育の現場に浸透してきたことは間違いありません。 アクティブ・ラーニングは、決して新しい教育手法ではなく、グループワークや、意見を発表させたりすることで積極的な授業参加を促す工夫は、以前からありました。 2017年からの学習指導要領では、アクティブ・ラーニングという言葉ではなく、「主体的・対話的で深い学び」という表現になり、以来、日本の高校でもアクティブ・ラーニング型授業の実施状況は、着実に高まっているようです。もちろん、知識伝達の講義型授業が必要な部分も無視できませんから、どうバランスをとり、工夫できるかが重要です。子どもたちが、どのように学んでいくにしても、教える側が「どんな力を身につけていってほしいか」という、理想や考えを持つことが重要です。 ところで、教育の分野では、「不易流行」という言葉をよく使います。易の訓読みは「易わる(かわる)」ですから「不易」は「かわらず」と読みます。「流行」は「時代とともにかわること」ですから、「不易流行」はずっと変わらないことと時代とともに変わることは同じくらい大切、ということです。松尾芭蕉の言葉ですから教育について述べられたものではないでしょうし、私たちが「不易」を、「時代をこえて変わらないもの」と解釈するならば、その「時代」は中世とか、近代とか、かなり広い幅を指しての「時代」でなくてはなりません。その意味では情報は、「流行」です。また、陳腐化していくのは情報だけではありません。機器もそれを扱うスキルも頻繁に更新していかなくてはなりません。一方で、新しく掲げられる「自分の頭で考えること」、「課題を見つけること」、「主体的に判断すること」、「みんなで問題を解決すること」は、「流行」ではなく「不易」です。「他人とともに協調」し、「他人を思いやる心や感動する心」も、「豊かな人間性」も100年経っても200年経っても「不易」です。 教育改革は大きく「流行」の部分が拡張しているように思われていますが、実は今、変化に合わせなくてはならないのは機器や手段としてのアクティブラーニングやICTだけです。教育の分野は軽々に「不易流行」を語るべきではないように思います。

2019年4月 · 2019/04/05
テストの結果が良くなくて、意気消沈している生徒がいました。しょぼくれきって取り付く島がない状態でしたが翌日、会話したところ、「お母さんに慰めてもらった」と立ち直っていました。上手くリセットして、その日の授業はいつも通り、快調でした。...