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校長記事‐根の深い木 23‐

自らの考えを人に伝え、議論し、力を結集して、さらに行動に至らしめるにはどうするべきか。

人間は言葉でものを考えるわけですし、自分の持っている言葉でしか考えることができません。さらに相手に上手く伝えるには、自分が持ち合わせる言葉を繋ぎ合わせて論理的にしたり、工夫して情緒的にしたりするわけですから、そこには思考力を必要とします。

部品としての語彙と組み立てる思考力があってこそのコミュニケーション能力です。

上手く伝わらないことで相手に対して感情的になる人もいますが、論理的な部分を無視して感情論に持ち込むのは、はたから見ていても不快ですし、大きなストレスになります。実際にそのような場面を目にすることも少なくありません。だからと言って、いつも傍観者に徹する人ばかりでは困ります。社会には、解決が困難な課題がたくさんあります。それは、絶対と言える答えがない課題です。もちろん、ビジネスでも政治でも、人間に関わらずに解決できるものはありません。板ばさみの中でも、感情論に流されずに客観性を維持しながら解決に向けて思考していく、情緒的にも安定していて理知的で説得力がある人・・そういう人がこれからの時代のリーダーです。当然ですが、何も訓練することなく、そうした能力を備えた人が現れるとは考えられません。私は、その訓練の場を提供するのが教育の役割だと思っています。私たちが提供するのは社会に出て応用問題が解けるようにする場所、これまで、自分の頭の中になかった考え方を身につける喜びを得る場所でありたいです。これからの時代を担う若者は、まず積極的に対人関係をトレーニングすることが大切です。そして協力し、知恵を出し合い、より良い解決策を練り上げて行く。そういう意味でも、大学入試において小論文を課すことは実に意義深いことです。様々な課題に対して、解を得るには、日頃の観察、洞察、仮説、いくつもの要素をもとに考えて議論する習慣を持つことがリーダー候補生の必須条件だと考えています。