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意見をもつ‐根の深い木 29‐

大学入試における小論文のテーマは、高校生が簡単に答えを出せるようなものはありません。しかし、生徒たちの議論は、毎回、白熱します。

自分自身の意見を持っているからこそ「賛成」「反対」が明確になります。

大人にありがちなのは、議論の場であるにもかかわらず、どちらの立場なのかわからない言い方で、中立派を気取る人がいることです。そういう人は、自分の頭で考えていないというだけです。

語り合っても意見ではなく綺麗事ばかり言う人に限って、議論以外の場でとやかく言います。そういう人と一緒にいても自分が成長できません。

議論の場に丸腰で参加して、場当たり的に発言している人は日常でも場当たり的な行動を繰り返しているように思います。

NYCAの高校生はそういうことがありません。

今、目の前にある課題に対して、独自の見解が発信できるかどうかに集中していますし、潔さがあります。

真剣に学んでいる人や何かに夢中になっている人は、意見がないなんてことはありません。

授業で議論することによって、個々が持ち寄った最初の意見より、はるかに優れた結論を導き出せることがあります。ですから、真剣に議論するのはとても有意義です。

議論をすると、否応なしに考える習慣がつきますし、考えを人に伝えるための良い練習にもなります。

自分の考えを披露するのはプレッシャーを感じることもありますが、真剣に語ることによって、確実に成長します。

否定されても、切り返しを真剣に考えることで、自分の考えの弱点を補うことになるので、結局、いいことづくしです。

仲間に否定してもらうことも悪くありません。仲間が「その背景は、きっと、これこれこういうことで、そうではないんじゃないか」と指摘してくれるのはうれしいことです。より論理的に説明できる能力が求められているということです。

そうやってエネルギーが増幅しながら伝播していきます。議論は活きているということです。