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競争力‐根の深い木 38‐

少子高齢化というのは、社会保障制度の上でも日常生活の上でも「子ども1人あたりの大人の数が増えていく」ということです。

子ども同士で過ごすよりも、大人と過ごす時間が増えているからなのか、生徒と話していると口調や考え方が大人に似てきているように感じます。会話の途中に相手が子どもだということをすっかり忘れそうになります。

入試問題もどんどん大人っぽいものに変わってきていますから、大人の考え方を本格的に解説する機会が増えています。こういうことを通して、ふと思うのは、子ども同士の会話がどんなものになっているのかなということです。子どもっぽさというものがなくなっていくのでしょうか。逆にコミュニケーション術や考え方は洗練されていくかもしれません。可愛げがないとか子どもらしさがないとか言う人が、現れるかもしれませんが、それは「子どもが多かった時代の子ども」なのであって決して「失われたもの」ではないでしょう。

さて、そうしたこととは別に、子どもの数が減っていくと、かつて“受験地獄”と言われたような倍率から解放され、学力水準が低下するのではないかという心配があります。その話は改めていたしますが、同じようにあらゆる分野での競争率が下がってその水準は下がるのでしょうか。

1年に生まれる子どもの数が(最多世代の) 200万人台から 100万人を割り込むまでに減っているということは、例えばスポーツの場合、半分以下の競争力で勝ち上がってしまうことになります。加えて卓越した資質を持つ子どもも同じ割合で減りますから、トップクラスのアスリートが出現する可能性も半分以下になってしまうことになります。野球、テニス、サッカー、フィギュアスケートなど今のトップアスリートの多くが団塊ジュニアですから、一スポーツ観戦者として、余計な心配をしてしまいます。

せっかく、世界で活躍するアスリートが増え始めて先鞭をつけたのに、今後は、日本人アスリートの国際舞台での活躍を見るのは難しくなるかもしれません。

競争原理以外で高い成果を得るには、「この子は、サッカーでこそ大成する」とか「この子には一刻も早くテニスをやらせるべき」というように早い段階で優れた才能を正確に発掘して、集中して育成しなくてはいけないことになります。すると大器晩成という概念はなくなってしまいます。子どもの絶対数の激減は、資質に富んだその分野でのトップアスリートをも激減させることになります。コミュニケーションスキルや洗練された考え方を身につけることと同じように少子化のサポート要因にする方法が必要です。