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脱線‐根の深い木 40‐

教師の中には、授業で正しくない脱線をする人もいます。正しい脱線というものがあるのかというと、「あります」。

その昔、進学塾では「生徒に主導権を取られてはいけない」と教師研修で教えていました。しかし、今や授業の主導権は生徒にあります。「アクティブラーニング」ですとか「授業の双方向性」という言葉が手法として認知されていますが、そもそもコミュニケーションの主導権は受け手にあり、生徒から教師に投げ返された際の受け方に授業の質も巧拙も現れます。

中学3年間をかけて中勘助の『銀の匙』を1冊読み上げるという授業で有名だった灘中高の橋本武氏は、作品中の出来事や心情から、頻繁に横道に逸れ、様々な方向への興味を促す授業で灘高校を東大合格者数全国一位とされました。脱線によるカリキュラムの消化不足を心配した生徒に発した「すぐ役に立つことは、すぐに役立たなくなります」という言葉も名言となりました。

会話における無駄や脱線から生徒の興味関心のエネルギーを引き出すのが橋本氏の真骨頂だったのでしょう。確かに国語の授業では物語文の読解を通して、関連知識を披露して俄然、活き活きし始める子どもはたくさんいます。また、人の心を学んで、知って大興奮しています。人の奥底に何が潜んでいるかを教えてくれるのも小説の魅力です。もちろん書物から得られることには限界があるのでしょうが、「まさにこれは自分と同じだ」「私が感じていたのはこのことだったのだ」と共感したり安心できることはたくさんあります。社会に出ても組織の要となるためには人の心がわかることが必要条件です。他人の気持ちに無関心であるのがもっともいけません。人は、どういう時にどのように考えるものなのか。それをどのように学ぶのかを考えますと、やはり、読書をすることで、想像力を広げるというのは効果的だと思います。想像力は「相手は何を考えているのか」「次にどう出てくるのか」を練ることにも役立ちます。

ですから拘束されない時間を持ち、自由に読書を楽しみ、想像力を養うことが大切です。

人生を勉強しようと考えて読書をするわけではありません。たくさんの本を熱心に読んだからといって、生き方のコツがわかるようなものでもないでしょう。それは、現実に気を遣って苦労して試行錯誤して、やっとのことで身につく感覚です。しかし、それでも本を読むことは畳の上の水練ではありません。書物から普遍を学ぶことのほうがよいこともあります。

さて、脱線しましたが、子どもの興味関心が小さなきっかけでどんどん広がって周りもその立体感の中で学んでいくことを一緒に体感できるのが一流の教師なのでしょう。主導権とは何だったのか?