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今どきの若者論 ‐根の深い木 49‐

 

 いつの時代にも、「今時の若者は」という議論があります。

今時の若者は、素晴らしいです。

アスリートは世界中で活躍していますし、英語力もかつての比ではありません。

今時の若者を嘆く人たちはいなくなりませんが、いつの時代にも素晴らしい人は素晴らしいし、いい加減な人はいい加減なのだと思います。

「今時の若者は」と宣(のたま)う人は、プロ野球を観に行って野次を飛ばしているのとあまり変わらないように思います。

今の若者が軟弱なのではなく、かつての若者も特に、根性があったわけではありませんでした。私たちの仕事も同様です。「昔の教師には威厳があった」ということもありませんし、「昔の教師の方がしっかりしていた」ということもありません。

上司も先輩も教師も過去に証拠のないことは美化したり誇張したりしているというだけのことです。それでなくても教師は自分ができもしないことを生徒に言い募り「夢を持て」としきりに言います。夢を持てと生徒に語る教師の「将来の夢」は何なのでしょう。

希望に満ちた自身の未来を語ることができる教師がどれほどいるのでしょう。子どもたちが30歳、40歳、50歳の教師に「将来の夢や目標は何ですか?」と尋ねて、答えをもらったら、子どもたちは夢を持つでしょうか。

また、親は子どもの将来のことばかりを心配しています。「大学」「資格」「就職」「結婚」・・・・

子どもが親に「お父さん(お母さん)は将来、何になりたいの?」と質問したら、どう答えたら子どもは勇気を持つのでしょう。親は「子どもの心配」と同時に「自分の将来」を心配しています。そういう意味では私は、先輩と後輩、上司と部下、教師と生徒は、対等だと考えています。もちろんNYCAでは個々に謙虚さも礼儀も重んじている教師ばかりですし、生徒も礼儀を身につけた子どもばかりです。何も嘆くことがないどころか、私たちが子どもの頃には、到底知らなかった、考えが及ばなかったようなことを生徒たちは議論しています。だからこそ、私たちはたいへんありがたいことに知育に特化して運営することができます。「躾がどうの・・」など一度たりとも、嘆いたことはありません。根性も大事ですし、否定もしませんが、私たちは動機づけることや継続する力を養うことが大切だと思っています。そして、将来は生徒たちに見透かされても恥ずかしくない人間力を養いたいという目標を持って指導に励んでいます。