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改元とともに ‐根の深い木 51‐

日本では、元号が変わりました。

子が親になって、その子が生まれるまでの期間が約30年と考えますと、文字通り世代交代の改元ということになります。

 個人的には、昨年の年初に、孫が生まれ、年末に自分の母を亡くしたので、平成30年は世代交代を強く実感する年になりました。また、改元にあたり歴史を遡る話に触れて、私は曾祖父母の名前さえ知らないということに気がつきました。

 調べることができるとは言え、母が存命中に聞いておくべきでした。さらに言うなら、祖父母が生きている間に祖父母の“父母”や“祖父母”のことをもっと聞いておけばよかったと後悔しています。そうしたら江戸時代がそう遠くのものでないと実感できただろうなと、興味本位に思いました。また、後悔や反省とともに曾祖父母やそれ以前の祖先の名前を知っている人というのはどれくらい、いらっしゃるものなのかと素朴に考えました。

 ところで、単純に算出できるものなのかどうかは知りませんが世代を10代遡るということは2を10乗して10代で1024人の祖先がいるということになります。最近はDNAという言葉も日常語になっていていろんな場面で使われていますが、自分のDNAはどれほどの人数を引き継いでいるのでしょう。遺伝子学に無知な私は、飛躍的なことばかり想像してしまいます。

 親は我が子の特性について、遺伝というものをいろいろな観点から意識します。容姿についても、病気についても、知能についても遺伝していると考えます。子ども自身も身長や髪質が遺伝に関わっていると考えたりします。親は、子どもが学校に上がれば能力も遺伝しないはずがないと考えます。そして「カエルの子はカエル」より、「鳶が鷹を生む」という言葉が好きです。

 期待することはとても楽しいですし、そういう方が多いのが普通だと思います。「無限の可能性」を信じるのは、親としての愛情です。早い時点で、能力や得手不得手を見極めてしまう方もいらっしゃいますが、このことについては、躾などとは関係なく個々の家庭や人生観に基づくものなので口出しできません。何れも子どもに期待をかけていることは変わりませんし、期待をかけられた子どもは、やはり親の欠点も、よい点も受け継いでいくはずです。そして親は、誰が何と言おうとわが子が世界でいちばんかわいいのは当たり前だと無条件で認められます。しかも親子は互いに何歳になっても親子です。

 私は、自身の反省からも、親が自身の話やその親の話、さらに祖父母の話、そのまた親の・・・・と、家系図とかではなく、子に口伝していくのも子どもを動機づけるのに良いことなのではないかと考えています。