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競争原理は必要か ‐根の深い木 53‐

民間教育の中には(特に進学塾では)「競争原理を活かす指導」という言葉があります。

 成績や学力は競争することによって伸びるという人は、少なくありません。

 「他の子に追い越されると、涙を流して悔しがっている子もいるのにうちの子は競争心がありません。このままでは受験競争に勝てないのではないでしょうか、不安です。」という保護者も過去にはいらっしゃいました。

 確かにテストでは、点数がつけられ、成績表は数値で出され、入試は合否が明確です。

 子どもを動機づけるためには、順位付けが有効な場合も多いですし「競争倍率」という言葉も健在で、勉強=競争、受験=競争という認識は根強いものです。

 進学塾教師は「端から見れば大変でも、本人は集中していますし、競争を楽しんでいます」と言います。しかし、受験を競争と捉えるというのは、過去の捉え方、考え方です。

 勉強や受験を競争とは思っていない優秀な子どもはたくさんいます。成績がよい生徒、成績が伸びた生徒は、勉強を競争とは思っていません。

「切磋琢磨」は、教室や受験会場での競争を表す言葉だとは私には思えません。

 伸びる子どもは今やっている勉強を「面白い」と感じています。そういう生徒は教材や問題に共鳴しています。

 その世界で楽しんでいる人と出会うと、面白さの共鳴が起こることがあります。

それを「面白い」「楽しい」と思っている人から教わると、楽しくなるものです。

 競争させることが手段や目的の人から教わるより、そのことに没頭している人と出会うことで、自分も没頭する習性を身につけていくのがいちばんいいのではないかと思います。

 競争原理を導入している進学塾でも、成果を出している教師は、競争原理で生徒を煽っているわけではありません。「あいつに負けて悔しくないか」なんて煽り方は間違っているでしょう。

 勉強は入試のため、テストで点数を取るため、夏期講習は天下分け目、などと刷り込まれると、社会に出てから「学校の勉強なんて社会で役に立たない」「歴史も因数分解も社会では全く使わない」と冷めた人になってしまいます。こうした考え方が、大人になっても続いてしまうと学んだことがリベラルアーツとして機能しません。読書の面白みも分からなければ、あるテーマについて深く考えたり、趣味を楽しんだりすることができません。

 競争が、学力を高めると考える人が多いのが私たちの業界です。

「普通の高校に行くために勉強して何か意味があるの?」と生徒に問われて、

「今、勉強しておけば、いずれ役に立つから」「将来の選択肢が増えるから」などと答える人もいます。

 いずれも「将来に向けて今やっておいたほうがいい」という、漠然とした答えです。子どもは実感がわきません。

 塾では、「夢が大切だ!」と、夢を持たせる方法を取るところもあります。簡単に夢が持てれば子どもも苦労しません。「夢って何ですか?」「就職先の会社名ですか?」多くの子どもたちが感じることです。

 教師自身が本質的なことを意識して、指導したり勉強したりしていたかと考えてしまいます。

 役に立つとか立たないとか、夢を持つとか持たないとか、競争に勝つとか負けるとかではなく、社会に出て活躍できる実力を自分に備えるかどうかが大切であり、そのためにやるべきことはたくさんあります。

 私たちがお手伝いします。