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有利な発問者 ‐根の深い木 58‐

教師を志す若い人に“理想の教師像”を問うと、「〜の素晴らしさを教えてやりたい」とか「〜の相談に乗ってやりたい」など、子どもたちに影響を与えたがっている人が多いことがわかります。

 自分の人間力で人に影響を与えられる仕事という勘違いがあるのでしょうか。

 「最高の授業を提供でき、子どもたちのすべての質問に答えられる教師になりたい」という話は、聞いた覚えがありません。仮に、子どもに影響を与えたいなら「担当する授業を通して」という前置きがあるべきだと思います。授業の事前準備をイメージしていないからでしょうが、若い教師が最初に躓くのは生徒の質問に答えられないことがあるということです。

 生徒の質問に答えられないとき、「まずはいつ答えるのか期限を決めて『調べて改めて答える』と応えるように」と教えるトレーナーがいます。「どんなに勉強しても、すべての質問に答えられる人はいない」と言う先輩教師もいます。

 生徒はいろんな質問をしてきますが、それほど突拍子もないことを質問してくるわけではありません。ですからトレーナーは「対象学年の指導範囲の質問で、答えが出る質問に対して答えられないのは、準備不足であり、信頼をなくす」と教え、その上で上記のように対応するべきです。

 若い教師には教壇に立つ限りは少なくとも「指導する対象学年の生徒の質問には全て答えられること」を前提に、理想の教師像を語って欲しいものです。教師が、今すぐ答えられないと言えば、子どもたちは、がっかりするでしょうし、「どうして答えられないんだろう、先生なのに」と思うでしょう。

 ところで、「日本で二番目に高い山は?」という発問があります。答えられないことを驚かせ、「一番と二番の差はそれほど大きい」と言ったり、「だから一番でなければダメだ」と言ったり、「知らないことがいくらでもある」と言ったりします。

 発問する側は有利です。

相手が知らなくて自分が知っていることを投げかければ主導権を取れます(取った気分になります)。当たり前ですが教師の発問は、その類とはかなり違います。

 双方向性の高い授業では、考え始めることができない質問はあまり意味のない、つまらない質問です。例えば、二番目に高い山の名前は、問いかけたらすぐに「北岳!」と教えてあげれば終わりの発問です。「富士山が日本で一番高い山じゃなかったのはいつの時代?なぜ?」と問いかけた方が考える面白みがあります。

 この場合「発問を通して考える歴史教育を実践したい」という理想の教師像を語る人がいいですよね。