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栴檀は双葉より ‐根の深い木 65 ‐

生徒たちの様々な側面を知るにつけ、世代が離れていても、この子はすごいなぁ、人としての出来栄えが違うなぁと感じさせられることがよくあります。

 「栴檀は双葉より芳し」とは、実によく言ったものです。「この子は、今から駆け出すところなんだなぁ」「きっと最前線に走っていくだろうなぁ」と思って見ておりますとワクワクします。
 人生経験があろうがなかろうが、「これから何かをやる」という空気を持っている子が、たくさんいます。マナーが良いのが共通点です。

 当たり前のように気のきいたことができる子がたくさんいます。幼い頃から浴びた親の愛情が、発芽したものでありましょう。その実を見るたびに私は、自分の子育てを何度も、何度も振り返らされます。そして、この子たちに恥じないよう気の利く大人になりたいと努力しています。

 教師は、生徒に対して自分が優位な立場だと考えて教室という密室の王様になろうとすれば、すぐにでも自滅します。子どもにダメな大人だと見抜かれ、その親の信頼を得ることはできません。

 私たちの仕事は、大きな商取引があるわけではありませんから、並外れた営業センスや胆力を要求されることがありません。大切なのは子どもから好かれる魅力です。

 ここが肝要で、子どもにおもねることなく、真摯に向き合い、授業の質を高めることが、自身の人間性を高めることに繋がるということです。それを子どもたちは教師の魅力として感じ取るのです。現代社会は、どんな仕事も気くばりの質が問われます。気くばりの質が、結局は仕事の質と生産性の高さに通じます。人は、鋭さだけではいけません。能力と一体であるべきものは気配りや気働きです。教師の中には、教科的な知識を驚くほどに持ち、どんな難問にも嬉々として取り組み、知識量を試されることが大好きな人が、たくさんいます。

 しかし、今は、加えて意識の健康さや心意気や、「あ、この教師の人間性はいい」と子どもに感じてもらえなければ、良い教師ではありません。彼らが屈託のない表情で見ているのは、教師の人間性です。ほとんどの仕事で問われているのは、それがすべてではないでしょうか。

 

 私たちは子どもたちとのコミュニケーションを通して自分の心をいつでも新鮮にすることができます。教師は多くの富を得られるような職業ではありませんが、子どもたちが、日々、伸びていく過程を見ることには夢があります。いつでも子どもたちは社会に順応し、私たちに時代の熱量を注入してくれます。合格実績という過去にすがりがちな斯界の陋習を振り払わせてくれます。そしてこの子たちが時間を重ね、私たちを超えていきます。「今の若者は」などと言わずに、一生懸命、身を正しながら指導するのみです。