· 

なんとなく ‐根の深い木 67 ‐

“なんとなく”感じがいい人がいます。この“なんとなく”は、分析していくと、きっと根拠にたどり着くはずのものです。

初対面で、すごく自然にほほ笑みかけてくださるような人。こういう人は、きっと相手に良い印象を与えることを心がけていらっしゃるのだと思います。

第一印象がとても良くて、一目惚れを誘発させてしまうような人。こういう人は、感受性が豊かで想像力に長けている人なのでしょう。こうしたら喜んでもらえるということがわかっている人ではないでしょうか。こういう人が中学生や高校生にもいます。大人より、ずっと気持ちよく挨拶できて、清々しい子です。自分のコンディションにかかわらず、相手の気持ちを想像できるのでしょうね。いつも自分がご機嫌に見えるように挨拶してくれます。

でも、感受性が豊か過ぎても、困ることもあります。感受性は、とても大事な能力ですが、豊か過ぎることで、人によっては傷つきやすくもあり、負の感情を引き摺ってしまい、立ち直りにくいことがあります。繊細で、他人の言葉に敏感だからこそ、心配りがきめ細やかなのですが、それが裏目に出て、考え込んでしまうことがあります。相手の感情を必要以上にマイナスに受け取ってしまい、時として、事実と思い込みを分けられなくなって、事実に基づかない悩みを作り出してしまうことがあります。相手が、怒っているわけでもなければ、嫌っているわけでもないのに「怒られた」とか「嫌われた」と思い込んでしまいます。自分が、人より傷つきやすいのか、繊細すぎるのか、神経質なのか、感受性が豊かなのかは、中高生は、なかなかわかりません。本当は、感受性が豊かというのは、素晴らしいことなのに自分の内的なスペックがよくわかっていないので、苦しんでしまいます。理解できる人がそばにいたら助けてあげなくてはいけないですし、助けられる人になりたいといつも思っています。

感受性が豊かなのは素晴らしい強みです。人がどんなときに笑うのか、どんなものを欲しいと思うのか、どんな体験をしたいのかについても、とても敏感です。喜んでもらうことも得意ですし、困った人を助けることもできます。ですから、どんな仕事でも活躍できます。人を対象にしない仕事なんてありません。どんなビジネスも必ず人を介して行われます。

ところで、今時の中高生が、自分の心情や感覚的なことを正直に語ってくれることに驚かされませんか。私が同じ年齢の頃は、皆、格好ばかりつけて未消化な知識をもとに思ってもいないような、そしてまるで説得力のない話ばかりをしていました。それに比べると、今の中高生は、はるかに説得力があります。これは何かの効果や影響なのでしょうか。感じ取るセンスが実にシャープです。

こういうものの影響かなと思うことが最近ありました。私は先日Netflixで“TERRACE HOUSE ALOHA STATE”という日本のバラエティ番組を観ました。若手芸人と呼ばれる方が、自然に振る舞う若い人の「心の動き」を読んだトークを繰り広げるのですが、一人ひとりの言動をつぶさに観察し、それぞれの発言や行動の裏にある「心の動き」を感じ取って、それを分析して面白く表現する内容でした。理性、感情、感覚、心の表裏が混然一体となって番組を動かしている−と言ったら大げさですが、言葉選びも繊細で的確でした。細やかに目を配ることが出来なければ、円滑に番組を進めていくことは出来ないだろうなと思って観ていました。あれだけ人の心を読み取ることができるならば、どのようにでも自分を見せられるのではないかと思いました。

 

ビジネス社会に限りませんが「何気ない一言」や「何気ない行為」で相手(あるいは顧客)が気分を害するなんてことはいくらでもあると思います。最悪の場合には、その鈍い感受性がゆえに、まとまるはずの商談がまとまらなくなることもあると思います。若い人がどのように感じたのかを聞いてみるのは、私には良い勉強になります。感受性の豊かな若い人は、私より“なんとなく”をきちんと分析してくれることがよくあります。