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レジで ‐根の深い木 69 ‐

トロントのスーパーマーケットのレジで、一人の女性客の苦情で10分以上に渡って会計が中断されたことがありました。解決した後、女性客は店員に「最高のサービスだったわ」と言い、その女性の後ろにいた私には「あなたにはずいぶん待たせて申し訳なかったわね」というようなことを言っていました。私の後ろで並んでいた他の方達も普通の表情をしていました。これが特異なケースだったのかどうかはわかりませんが、私は、頻繁にスーパーマーケットに行くのでこうしたことをたまに経験します。トロントの買い物では客も店もとても寛大で、働く人とお客さんの関係が、とても近い気がします。店員とお客さんが普通に会話をしています。これは日本では滅多に見かけない光景ですが、トロントではこの光景を見ない日はありません。反面、道路ではクルマのクラクションの使用方法が日本とは極端に異なっていて、日本なら感情がぶつかり合って事件が起きそうになる程、些細な不満をクラクションで表現します。これも日本では、滅多に見かけない光景です。この2つの情緒的なアンバランスは実に不可解です。

また、トロントでは公共施設などのドアの開閉時に前の人が後ろの人のためにドアが閉まらないようにちょっとの間、支えるという親切をするのが常識になっています。とても細やかな気遣いを感じます。こうした体験を生徒たちといつも話し、「多くの人がよいと支持していること」について日本との違いを議論もします。すると、人間の社会性が形成されていくときに、日常の環境が与える影響は、ずいぶん大きなものだということに気づきます。子どもたちは他の人の行動や言動を規範にしやすい特性を持っています。子どもは、決して学校を世界の全てと思ってはいません。学校外での体験から、たくさんのことを学んでいます。生徒たちが、良いマナーを身につけるのが早いのはこうしたことが理由かもしれません。授業が終わると自分の机の上のゴミは全て(消しゴムの消しカスも)、ゴミ箱に入れて帰ります。貸し出しの本の期限を全員がきちんと守ります。異文化社会という環境の中で、何がしかの理由で身につけたのか個々の特性かは、わかりませんが、異文化の中で暮らすのは楽しいことばかりのはずがありません。精神的にしんどいこともたくさんあるはずです。異文化を理解するには、どこかしら別の能力が要求されています。家庭や学校の中や、机に向かって獲得できる類のものではありません。

自力でマナーを身につけたり、文化の違う相手を受け入れようと努力したりするというのは、とても尊いことです。