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建前や理想 ‐根の深い木 70 ‐

教師は、異業種との関係性があまり多くはありません。むしろ、どちらかというと孤立した社会です。ですから、どうしても視野が狭くなりがちです。そして、対象が子どもですから絶えず道徳的なことを重んじた発言をします。現実的すぎて身も蓋もない話よりは、理想論を軸にして話をします。

大人社会ですと「建前」とか「綺麗事」と言われることも、子どもには、きっぱりといい切らなくてはなりません。

ところが、いつもそういう視点で生活していると教師自身が、現実の人間社会がそんな風にできているという錯覚に陥ってしまいます。いつも、自分が「やる気にさせる」側であり「約束を守らせる」側にいると思ってしまいます。ですから、なかなか成績が上がらない生徒に対して素直に「自分の指導力が足りない」と考えない人が現れます。試験監督に入れば、不正を暴くのが仕事だと思い込んでしまいます。「宿題をやってこない生徒が悪い」「やる気がないからできない」「やればできる」などと叱責する短絡的な教師もいます。やればできるという根拠として自分の過去の経験を挙げたりします。明らかに嘘をついている場合もあります。そういう教師には、子どもはやがて、相談に来なくなります。当たり前です。どんなことでも、本当に「やればできるのか」というと、決してそうではありません。実行したからといって、必ず成果に結びつくわけではありませんし、やる気があれば成果に結びつくかといえば、必ずしもそうではありません。刹那的に動機付けられることはあっても、中学生にもなれば、「やる、やらない」は自分で決めますし、やってもできないことは誰だってあると知っていきます。教師にしても、同じ年齢の異業種の人と比べたらできないままでいることの方が多いかもしれません。教師が、「勉強とはしなければならないことをするもの」と思い込んでいたり、「宿題は義務の履行」のように考えていたりしたら勉強はちっとも楽しくありません。中学生や高校生ともなれば、もっと他のことで頭がいっぱいになってしまっていることさえあるのに、説教しかされなかったら、教師に相談しても「無駄」ということになります。本気で相談に乗るつもりならば、対等な人間として正直に接しなければ、納得のいく答えを共有するのは無理です。建前や理想や正論を言う前提だから、一刀両断に即答できるだけです。そういう答えには相談者だけでなく回答している本人さえ、ちっとも実感していないのではないでしょうか。中学生も高校生もあっちでもこっちでも建前論を聞かされていたら飽きてしまいます。