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これからの「歴史」学習 ‐根の深い木 73 ‐

 グローバリゼーションに伴い、世界史を学ぶ意義は非常に高まっているのではないでしょうか。私も「考える歴史教育」という言葉を胸に刻んで子どもたちとともに学んでいきたいと思っています。個人的に興味のある「時代」について深く学ぶのは実に楽しいことです。私は史実より歴史小説から入ったので、歴史認識は偏りが大きかったと自覚しています。例えば、私にとっての日露戦争は『坂の上の雲』になってしまっていますし、島原の乱は『沈黙』を読んだ時に自身の狭小な認識が粉微塵に吹っ飛んでしまいました。また第二次ポエニ戦争もハンニバル一色が記憶です。

 映画を観たり読書をしたりして断片的に知っていることをきっかけにインターネットで調べているうちに関心が広がることもあります。しかし、今までのように偉人たちの活躍や、戦争の決定的な局面ばかりを重視するのではなく、その時代のそれぞれにとっての対象国の背景を学んでいくのが良いとつくづく思います。

 世界史は新学習指導要領でも、これからの国際社会を担う人のための必修科目と位置づけられています。過去のすべてではなくとも、世界史の流れのなかでの日本史を捉え直すというのは対外的な常識を形成するという意味でもとても大切なことだと思います。

 特に20世紀という時代の戦争、科学技術、経済成長、民主主義などは、文明を受け継いでいく上では、学んでおくべきです。関心を持たないままに遠い過去のこととして暗記するのは、これからの歴史学習ではありません。今、大学入試において「世界史」は、問いかける科目として小論文の課題となり得ています。切り口一つで、答えが異なるというところが肝です。NYCAの小論文講座では、予備知識を十分に持たない段階での議論と対象国の歴史的背景を学んでからの議論とでは、自身の結論の質に大きな差が出ることを実感してもらっています。

 

 現代社会につながる世界のシステムがどのように展開してきたか、国々の誇りと闘いを充分に見ずしては理解できないことがたくさんあります。自分の国の教科書だけの一面的な解釈では、底が浅いと気づいて欲しいです。