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人間以外の生物に‐根の深い木 76 ‐

 “人間以外の生物に「こころ」は存在するのでしょうか。あなたの考える「こころ」を定義し、どのような生物に存在するかについて、具体例を挙げながら説明しなさい。もし、人間にしか「こころ」が存在しないと考えるならば、その理由を説明しなさい。”

これは、昨年の東京大学理科II類の外国学校卒業学生特別選考小論文A問題です(B問題はゲノム編集技術の影響に関する問題でした)。心を定義する問題や動物の感情の有無についての問題は学年を問わずこれまでにもいろいろな形式でありました。そして、これまで私は生徒たちと動物の感情をテーマにした会話では、「誰でも飼っている犬が嬉しそうだとか悲しそうだとか擬人化して見ている」が「動物は言葉を持たないから本能的な行動はあっても考えに基づく行動ではないと思う」、そして「飼い主は主観的に見ている」と発言していました。自分自身も過去、愛犬について共感的な見方しかしていませんでした。本を読んだり映画を観たりしても擬人化するからこそ感情移入もできて感動していました。しかし犬が体感していることそのものを人間が体験することはできませんから、共感と言っても人間側の一方的なものだと思います。確かめようがありませんから。

この入試問題をめぐるディスカッションでは、驚くほどの広い知識を持つ生徒たちの動物観に感心させられました。そして、アクティブラーニングでしか得られない議論によるアプローチのクオリティを私自身が体感することになりました。サメに深い興味を持つ生徒が、ニシオンデンザメ(西隠田鮫)が400歳まで生きることや成熟する年齢が150歳を超えること、ニシオンデンザメのゲノムを解明すれば、人間の寿命について、何かがわかるかもしれないということを教えてくれました。また、ある生徒は(これは別の機会でしたが)10年以上の馬術競技で得た馬との対話や心の交流のことを話してくれました。彼女は馬に関する私の全ての質問に明確に答えてくれました。彼女は決して馬を擬人化するのではなく、パートナーとして、また生物として客観的に捉えた上で馬と人には相性があり、受け入れているのかいないのかや喜んでいるのかストレスを感じているのかが徐々にわかってきて、競技においては、お互いの信頼関係が結果を大きく左右するという話を聴かせてくれました。人間以外に心は存在しないと説明するのは、とても難しく思いました。講義形式でこうした授業を成り立たせるのはかなり無理がありますね。アクティブラーニングの良さを導入できるのはライブ授業であってこそです。