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自転車少年記‐根の深い木 86 ‐

NYCAの中学受験コースでは、月初めに新しいテキストを渡します。6年生の男子で国語のテキストをその日のうちに全部読んでしまう子がいました。毎月、待ち切れないくらい楽しみにしていました。その子は少年が主人公の明るく軽快で都会的な物語を好み、読み終えると必ず、満面に笑みを湛え、小躍りして感想を報告に来てくれました。入会当初は、小4の漢字の読み書きにさえ四苦八苦していましたが、読書を通じて漢字の知識が増え、読書の幅は広がり、テキストの四字熟語の意味を自分で調べるのが楽しみになり、熟語の成り立ちの仕組みを覚え、物語文を通じて論理的思考も身につけました。物語文を読み込んで突き詰め、やがて彼が論理に繋げていくということが授業を通じてよくわかりました。考えたり、感じたりすることが大好きになり、話すことも聞くことも上手になり、目に見えて国語の成績は上がり始めました。読解問題は長ければ長いほど喜ぶようになりました。過去問演習に入ると麻布中学の6000字くらいの入試問題の長文がうれしくて仕方ないようでした。読解演習では、演習であることを忘れて読み耽っていました。

彼を見ていて今更ながら、私は改めて強く確信したことがあります。読書はやはり、本を選ぶところから始まるということです。NYCAの書棚を一緒に眺め、彼がタイトルに関心を持った本の内容を1冊ずつ簡単に説明してやりながら、二人で選びました。最初に私が薦めた「自転車少年記」が強烈に心に響いたようで、読み終えるまで連日、大興奮でした。「先生!いま○○ページを読んでます」「先生!いよいよ○○の場面です」「先生、大変なことになっています!」「先生は泣きましたか?」など現状と心境を口角泡を飛ばして報告してくれました。その後、「風が強く吹いている」「白をつなぐ」を連続して読み、面白い本はいくらでもあるとわかったのでしょう。傾向の異なる物語文にも没頭するようになり、本を読まない日はなくなりました。毎日、授業の前後に夢中で読み、「一時帰国したら買ってもらう本」を決めて、期待に胸を膨らませていました。彼は、今、片っ端から読んでいます。ご両親がおおらかに我が子の受験学習を見守っていらっしゃるのが、彼には最高の環境でもありました。「読書が受験学習の妨げになるのでは」などと狭小には考えてはいらっしゃいませんでした。彼は着実に教養を身につけ、自分の頭で考え、判断し、自分を表現できる人になるでしょう。

ところで、彼に「先生が一番好きな本は何ですか?」と問われたので、私は「『ノルウェイの森』だよ」と誰に尋ねられてもいつも答えるように答えました。彼は、NYCAの書棚からすぐにそれを手にとって興味津々に読み始めました。彼の頭の中では、かなりの騒動だったようですが私は、その時のリアクションを笑いませんでした。いつか、村上春樹を深く読めるようになったら、ディスカッションしたいと待ちわびています。