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本をよく読む子になってほしい‐根の深い木 89 ‐

我が子に本を読む子になってほしいと願う保護者は多いと思います。読書習慣がついてからの生活は、それ以前の生活とは全く違う楽しみがありますし、小中学生の頃についた読書習慣は、国語力を高めます。語彙力、文章力、漢字力は、読書をしない人より高いのが普通です。もちろん、読書をしない人で、自分の国語力に自信を持っている方は、たくさんいます。本を読まない国語教師もたくさんいますが、子どもに読書の面白みを伝えられないのは、残念ですし、私は国語教師としては採用しません。

私は、受験学年だから読書の時間が取れないという考え方を持ちません。むしろ、読書時間を確保するために最速で宿題を終わらせるというモチベーションを優先します。読書時間を削ってまで勉強しない、という強者も過去に幾らもいました。そのタイプの子らは皆、最難関校に進学しました。豊かな想像力、高い語彙力、長文を読む時の集中力は、読書習慣を持たない子のそれを遥かに超えていました。

ところで、NYCAには村上春樹の作品が大量に置いてあります。ですから、小学生から高校生まで多くの生徒が読んでいます。小学生が、『ノルウェイの森』を読んで、大盛り上がりしていたことがありました。貸し出しについては、2週間で返却する約束事があるのですが、なかなか返ってきませんでした。こういうもの(“性的な表現が教育上好ましくないのではないかと思う人がいる”と思われるもの)を読ませていいのだろうかと迷う方もいらっしゃるかもしれません。「もう少し大人になってから」とお茶を濁してしまう方もいると思います。それに対して、村上春樹氏自身は、あるところでこんなふうに書いていらっしゃいました。
“そういう部分があったとしても、小説全体が持っている姿勢というのは、結果的にはうまく伝わります。小説というのは、そういう懐の深さがあります。もし僕が15歳だったら、ひっそりじっくり読みたい。実際にそういうタイプの子どもでした。”

私自身は、母の部屋から勝手に持ち出した三島由紀夫の『潮騒』を読んだのが小6でしたし、それがきっかけで、以後数十年、三島作品を楽しみながらほぼ全作品を読破しました。教育上好ましいか好ましくないかの意見が分かれそうな箇所は、いくらでもありました。また、浅田次郎の“霞町物語”は、麻布中学を初め、いくつもの私立中学で出題されています。私は、出題された年にこの本を読み、保護者会で「お子さんに買い与える場合は、お母さんが先に読んでください」と伝えました。内容を知らずに買い与えるよりは、我が子が今、それを読んで、どんな気持ちになっているかとか、刺激を受けて何かを訊ねてくることも想定しておいた方が良いと思ったからです。

 

もちろん、こうした内容に早い段階で向き合うということを目的として読ませるのではありません。文学作品として紹介するのみです。ご存知のように、三島由紀夫も村上春樹もノーベル賞候補作家です。圧倒的に高品質の文学作品です。