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よかれと思って‐根の深い木 91 ‐

「(子どものために)よかれと思って」したことが、大きな間違いということがあります。「子どものために」と言いながら、実は、追い詰めているだけで、本当は「よかれと思って」いません。

特に教育やスポーツでは、このセリフが出た時は、既に子どもにダメージを与えているだけということがあります。

宿題をやってこなかったという理由で居残りさせたり、約束を守らなかったと言って、厳しく責め立てたり、「努力が足りない」と暴言を浴びせたり、しつけと称して理不尽に叱り飛ばすような人がやりがちです。ちっとも子どもを応援していませんから上達しません。「よかれと思って・・」は、時代遅れの教師やコーチ、つまり新しい理論を学ばない指導者が言いそうなことです。そういう指導者のもとで教わった子どもは、叱られないことが目的になって、自信が持てず、勉強やスポーツを楽しめないまま大人になっていきます。本当に子どものことを考えていれば、追い詰めません。追い詰める指導者は、追い詰められた子どもの変化に気づきません。子どもにとって辛いのは、お父さんやお母さんまでもが「努力不足だ」となじるような場合です。子どもが習い事に行くのを嫌がったとき、たまたま気分が乗らないだけなのか、いやいや通っているのかを観察するのが大切です。そもそも、なぜその習い事に通わせているのかを考えてみなければなりません。子どもにとっては、自分が望まない習い事でスケジュールを埋め尽くされてしまうようなこともあります。にもかかわらず、「誰のためにやっているの?」とわざわざ、嫌味っぽい言い方をされることもあります。本当のところは、子どもは親のために頑張っています。自分のためなんて、どのような子どもも思いません。子どもが親の身代わりになって頑張らされたり、追い詰められたりするのでは、子どもは、たまりません。

「親が、子どもにやらせたいスポーツ」という調査がありますが、この段階で、問わず語りではありませんか。そして、子どもが大きな期待を背負い、「よかれと思って」罵倒されたとしたら、心から楽しむのは、無理です。身代わりでしかありません。

私は、生徒が忘れ物をした場合は、そのままご家庭にそれを報告します。忘れないように母親が準備するのではなく、自分で準備させてくださいと言います。そして、忘れ物をしなくなるまで付き合う、そうやって子どもが成長するのを見ていくのは、なかなか良いものです。この段階は、スポーツで言えば、ゴルフのスコアが100を切った時の感覚でしょうか。コーチもプレイヤーも嬉しくて楽しいですよね。「いいよいいよ、今のでいいんだよ」とか「おっ!うまいじゃん。もう一つ行ってみよう」とか、一番近いところにいる人が応援してくれるのは、本当に嬉しいです。早く、100を下回って、次の段階に進みたいと頑張りたくなるものです。「なんでそんなに下手なんだ」「やる気あるのか」と罵倒するコーチが、「よかれと思って」いないことは、周りの人は知っていますし、本人は絶対、やる気がおきませんよね。