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不時不食‐根の深い木 93 ‐

論語に「不時不食」というのがあります。

「時ならざるは食らわず」と訓読みします。季節はずれのものは食べないという意味です。

この文の前後には、「色悪不食。臭悪不食。」(色の悪いものは食べない。臭いの悪いものもたべない)など、食についての戒めがいくつか並びます。論語は食育にもなりますね。
不時不食は、広く読めば、自然に逆らってはいけないということにもなるのでしょうか。自給自足していたら、旬のものしか食べられませんからその通りなのかもしれません。コタツに入ってスイカを食べたいとか、夏に鮟鱇鍋を食べたいとか言うのは自然ではないということです。無理なことをせずに自然と上手に付き合うのが良いということでしょう。節度を越えてはいけないという諺は、たくさんあります。

人は、かつて大自然の中で動植物と共存していました。大自然は弱肉強食の世界です。しかし、弱肉強食には慎ましさがあり、自然にあくまでも従順で、人は自然を畏怖していました。横暴に乱獲と採集をしないように謹み、因果応報のあることを恐れていました。命を繋ぐ毎日の食物であっても、自然の秩序に従わなければ、厳しく罰せられることを祖先から教えられていたからです。論語は、すごいですね。これほど簡潔に説いてしまうのですから。

さて、食育に話を戻しますが、料理というのは、調理を経験してみて初めてわかることがいくつもあります。経験しないとわからないというのは料理に限りません。

スパゲティにレトルトのソースを使ったり、インスタントのスープにお湯を注いだりしても料理をしたとは言いません。実際に自分で作ってみてわかるのですが、料理には段取りというものがあります。野菜はどれくらいの大きさに切ったらいいのか、皮だけむいて鍋に放り込むのではなく、大きさによって茹で上がるまでの時間が変わるだろうと考えたり、素材の硬さによって入れる順番を考えたりします。複数の料理を作ることになればなおさらその段取りは周到なものでなければなりません。できあがりのタイミングを合わせるにはどうしたらいいのか、冷めたら美味しく食べられないものは何かを想像し、できあがりのタイミングを見計らって、次は何をするかということを考えなければなりません。食べ終わって食器を洗う場合も、洗剤で洗うときは大きな器から洗って順番に積み重ねておいたら合理的な手順になると考えたり、水洗いするときは積み上げてある食器の上の方にある小さな食器から水洗いしてそのまま順番に水切りカゴに入れたりします。こういう手順も自分で経験してみないとわかりません。段取りは仕事や勉強を含む、人のすべての行為において重要です。段取りは成果を左右します。学校に行くにしても塾に行くにしても優秀な子は持ち物を自分で調えます。新入社員とベテラン社員の差は、経験に基づく仕事の段取りが頭に入っているかどうかが一番大きいと思います。自分で経験してみて「わかる」というのは、とても大切なことで想像力を養うことにもつながります。まだ働かない子どもにとって、食育がもたらすものは、将来に繋がる大切なことばかりです。