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世界史を学ぶ‐根の深い木 95 ‐

NYCA開校前に、PISAスコアの高い国の教育施設を見ておきたいと考えていましたので、いくつかの国を視察しました。どの国の制度にもそれぞれに磨き込んだ特長を感じました。やはり、教育を国家の産業基盤と捉えているのは皆、同じだと感じました。そのなかでも私は、シンガポールに強く興味を引き寄せられましたので、何度も視察しました。ちなみにシンガポールとトロントは多民族都市で、清潔で、治安が良く、マナーがよいという共通点を感じます。私は、この視察と前後して、シンガポールについて学ぼうと思い、何冊かの本を読み、さらに訪問の度に国立博物館を見学しました。博物館では、ボランティアの方(日本人女性)が丁寧に解説してくださいますし、太平洋戦争中の日本とシンガポールの関係もさまざまな写真や記録映像で見ることができます。私は国立博物館への最初の訪問で自分がシンガポールと日本の関わりの深さを知らないことに驚きました。広く知られているのは連合軍司令官のパーシヴァル中将と日本の山下奉文中将の降伏交渉の会見場面で、山下中将が返答を渋るパーシヴァルに「イエスかノーか」と迫ったというエピソードや、戦後初代首相リー・クアンユー氏の"Forgive, but never forget"という言葉です。リー・クアンユー氏は、反日感情を利用して統治するということをしませんでしたので、シンガポールはアジアの中でも有数の親日国ですし、日本にとって重要な貿易相手国・直接投資国です。しかし、私は、第二次世界大戦中の日本統治下のシンガポールのことを全く知りませんでした。このとき、仕事柄、教育改革においての「考える歴史教育」とは、どのような手順で、どのように行ったらよいのだろうと考え込みました。中学生にとっての歴史教科書は簡潔すぎますし、高校生にとっての世界史という科目はあまり人気のある科目ではありませんでした。高校までの授業では、「なんのためにこの教科を勉強するのか」という問いに対しては、「受験のため」というのが目的でした。ですから教師も、その目的に沿うように授業を作っていくことが大切な仕事でした。生徒は、個々の現象を情報として覚え込むことに徹し、試験の得点を取ることに汲々としてきましたから、歴史を「考える」余裕を持てませんでした。それでも、旧カリキュラムで学んだ世代は、中学や高校で暗記した人名・事件・年号などの固有名詞が、歴史を学ぶ出発点の一つにはなっています。

これからの歴史授業では、固有名詞による歴史上の特定の事件や特定の人物ではなく、その時々がどのような社会であったのかをイメージさせ、個々の現象の裏にある脈絡に気付かせることで「だからあの時代にあんな事件が起きていたのか」と、連想できるようにすることが重要です。世界史も日本史も学ぶことで次の出来事の原因を知るきっかけにできます。

特に世界史が理解できないと、世界のニュースが理解できません。戦争や紛争の原因は突き詰めると歴史に行き着きますし、世界の政治制度や習慣も、価値観の違いも歴史に答えがあるはずです。並行して客観的な史実を正しく理解し、過去を照らして現在を理解しなければならないことがたくさんあります。歴史を勉強しないということは、今しか見ていないということです。年号や戦争で活躍した人の名前は、現在を考える時の役には立ちませんが、その時代の生活や人々の知恵などといったものは、現代にもおおいに役に立ちます。

これからのグローバル人材は、相互理解を促進するために自分の国の歴史を勉強し、話す相手の国の歴史を知っておくことで、どのような話題でアプローチするべきかどんな話題を避けるべきかを考えられる人になることが必要不可欠です。