NYCAブログ

NYCAブログ · 2019/10/14
今の子どもたちはとても物知りです。iPadやスマホで知りたいことを簡単に検索できますし、興味のある事柄に、すぐにアクセスして関連動画を見ることもできるので、関心がどんどん横に展開し、早くたどり着き、深く知ることができます。とても便利で優れた学習アプリもあります。教師が授業前に、ネットで調べて準備しているようなレベルですと、到底、生徒たちの知的好奇心を満たすことはできません。それどころか、生徒の方が深く掘り下げているケースも珍しくありませんから、初めからネタバレしていても不思議ではありません。事柄によっては、子どもの方が圧倒的に豊富な知識を持っている場合も珍しくありません。この部分では教師受難の時代です。古いスタイルの一斉授業で、単に知識を教え込もうとしている教師は、自身の授業を見直さなくてはいけません。 ところで、AIやロボットの話になるとよく「数年後にはなくなる職業」という話が持ち出されます。AIによって取って代わられる職業がたくさんあるそうです。 教師は大丈夫なのでしょうか。なくなるという人もいらっしゃいますから、なくなるという理由をなくしてしまわないといけませんね。確かに、これからは「人間」が「ライブ」でなければできない授業をしておかないと、AIやアプリやYOUTUBEやロボットに負けてしまう可能性があります。そもそも教師がネットで検索したりYOUTUBEを活用して興味を持たせたり英語の発音を練習しています。 こうなりますと、残されたのは人間である教師にしかできない「学びの面白みと喜びを実感させること」しかないのではないでしょうか。パッションです。教科指導で言えば、「この先生は一体どれだけ、この教科のことが好きなのだろう!?」と驚かせるくらいのものです。この教科が好きで好きでしょうがないという空気が伝わらなければなりません。 全ての教師がそういう授業を展開するべき時代です。そういうことはAIでは、おそらく難しいはずです。 さらに、授業で議論するには、きちんと個々の生徒を理解していなければなりません。教師と生徒の人間関係、生徒同士の人間関係の把握が欠かせません、一筋縄ではいかない場面に遭遇するはずです。ですから、さまざまな細かい手立てを練り上げておく必要もあります。こうした複雑な授業をできるようにするために、教師は、新しい指導の方法を学ぶ必要があります。知識の伝達だけでは、取って代わられるかもしれません。生徒をどんどん動かして、生徒が主体的に学んでいけるようになる教育を考えていかなくてはなりません。教師という仕事はこれまで、社会性を要求されていませんでした。十年一日が如くの知識の切り売りと言われていました。しかし、これからの教師という仕事は、社会と分断できません。しかし、ここが強みになると思います。常にアンテナを張り巡らせて、しっかり社会と繋がっておく仕事になっているのです。ものすごいスピードで移り変わっていく現代社会の中で、子どもたちと社会を結びつけていく仕事になっていく必要があると思います。
NYCAブログ · 2019/10/07
「気づきませんでした」と言わなくてはならない時ほど辛いことはありません。自分だけが気づかなかった時などはなおさらです。 「気づく」力はいろいろな場面で重要です。何をどんな風にどれほど教えてもらっても、人がどのように思うのかに気がつかないのであれば、どうしようもありません。...
NYCAブログ · 2019/09/30
“人間以外の生物に「こころ」は存在するのでしょうか。あなたの考える「こころ」を定義し、どのような生物に存在するかについて、具体例を挙げながら説明しなさい。もし、人間にしか「こころ」が存在しないと考えるならば、その理由を説明しなさい。”...
NYCAブログ · 2019/09/23
PISA2015年調査では、革新分野として「協同問題解決能力調査」が出題されました。 「問題解決能力」は過去にも出題されているのですが、2015年では「協同」が入っているのがミソです。調査の結果、日本の15歳が持つ協同問題解決能力はこの時、OECD加盟32か国中1位でした。...
NYCAブログ · 2019/09/16
「○○ができない大学生」「G型L型大学論」「○○を崩壊させる教育危機」「ブラック部活動の危機」「学歴無用論」。教育に限らずどのような分野でも極論というものはあります。...
NYCAブログ · 2019/09/11
 グローバリゼーションに伴い、世界史を学ぶ意義は非常に高まっているのではないでしょうか。私も「考える歴史教育」という言葉を胸に刻んで子どもたちとともに学んでいきたいと思っています。個人的に興味のある「時代」について深く学ぶのは実に楽しいことです。私は史実より歴史小説から入ったので、歴史認識は偏りが大きかったと自覚しています。例えば、私にとっての日露戦争は『坂の上の雲』になってしまっていますし、島原の乱は『沈黙』を読んだ時に自身の狭小な認識が粉微塵に吹っ飛んでしまいました。また第二次ポエニ戦争もハンニバル一色が記憶です。  映画を観たり読書をしたりして断片的に知っていることをきっかけにインターネットで調べているうちに関心が広がることもあります。しかし、今までのように偉人たちの活躍や、戦争の決定的な局面ばかりを重視するのではなく、その時代のそれぞれにとっての対象国の背景を学んでいくのが良いとつくづく思います。  世界史は新学習指導要領でも、これからの国際社会を担う人のための必修科目と位置づけられています。過去のすべてではなくとも、世界史の流れのなかでの日本史を捉え直すというのは対外的な常識を形成するという意味でもとても大切なことだと思います。  特に20世紀という時代の戦争、科学技術、経済成長、民主主義などは、文明を受け継いでいく上では、学んでおくべきです。関心を持たないままに遠い過去のこととして暗記するのは、これからの歴史学習ではありません。今、大学入試において「世界史」は、問いかける科目として小論文の課題となり得ています。切り口一つで、答えが異なるというところが肝です。NYCAの小論文講座では、予備知識を十分に持たない段階での議論と対象国の歴史的背景を学んでからの議論とでは、自身の結論の質に大きな差が出ることを実感してもらっています。  現代社会につながる世界のシステムがどのように展開してきたか、国々の誇りと闘いを充分に見ずしては理解できないことがたくさんあります。自分の国の教科書だけの一面的な解釈では、底が浅いと気づいて欲しいです。
NYCAブログ · 2019/09/06
 日本では、まだ普及していませんが、欧米では小・中学生のサマーキャンプは、長い歴史を持つ教育プログラムです。私たちは、トロントのサマーキャンプに日本から参加する小学生に対する教育のお手伝いをしています。将来、海外への進学を考えている人やネイティブの発音を身につけたい人、国際感覚を養いたい人には最高のプログラムです。トロント市内の大学のレジデンスを使って行うので、海外の学校の雰囲気を感じることもできます。  「子どもたちに英語を好きになってもらう」という目的もありますが、子どもだけで飛行機に乗ること自体が冒険です。3週間以上も親元を離れ、普段出会うことのない人々と過ごす非日常体験のなかで、ダイバーシティを感じてもらいます。ここで子どもたちは日常生活では味わえないたくさんの体験をします。この体験は、子どもたちの自立を促す絶好機となります。私たちがお手伝いをしているキャンプは英語体験と自然体験のミックス型で様々なアクティビティを楽しみながら学び続けます。私たちは今年、日本から30名以上の小学生を迎えました。  TV、ネット、ゲームから完全に離れ、本物のアクティビティを体験し、ネイティブの英語に触れ、リアルに海外生活を体験します。学校や塾で感じるようなプレッシャーもありません。いつもリラックスして考え、どこでもコミュニケーションを試みます。まさに、次年度からの教育改革が標榜するグローバル人材教育の急先鋒です。  集団生活は周りの人との関係が大事ですし、自立心を刺激します。食器を片づけたり、荷物を整理したり、洗濯したり、自分でやらないといけないことがいっぱいあります。彼らは、進学塾では学べないことを外国で夢中で学びます。キャンプの終盤では「来年は、受験生だから来られない」と寂しそうに話していましたが、そのことさえ自覚していくようになります。もちろん、各ご家庭の豊富なコミュニケーション量の賜物なのですが、タイミングも優先順位も理解している子どもの感受性を心強く思います。教育は10年経ったら、必ず成果を見ることができます。現在小学6年生の子どもは10年経てば社会人になります。子どもの頃にこれほど夢中になることができた体験、帰国前夜のフェアウェルパーティーや帰国当日の空港での惜別、これほど感受性を豊かにする体験が大人になって開花しないことはあり得ません。
NYCAブログ · 2019/08/20
“人間以外の生物に「こころ」は存在するのでしょうか。あなたの考える「こころ」を定義し、どのような生物に存在するかについて、具体例を挙げながら説明しなさい。もし、人間にしか「こころ」が存在しないと考えるならば、その理由を説明しなさい。” これは、東京大学2018年外国学校卒業学生特別選考小論文問題です。...
NYCAブログ · 2019/08/15
教師は、異業種との関係性があまり多くはありません。むしろ、どちらかというと孤立した社会です。ですから、どうしても視野が狭くなりがちです。そして、対象が子どもですから絶えず道徳的なことを重んじた発言をします。現実的すぎて身も蓋もない話よりは、理想論を軸にして話をします。...
NYCAブログ · 2019/08/10
トロントのスーパーマーケットのレジで、一人の女性客の苦情で10分以上に渡って会計が中断されたことがありました。解決した後、女性客は店員に「最高のサービスだったわ」と言い、その女性の後ろにいた私には「あなたにはずいぶん待たせて申し訳なかったわね」というようなことを言っていました。私の後ろで並んでいた他の方達も普通の表情をしていました。これが特異なケースだったのかどうかはわかりませんが、私は、頻繁にスーパーマーケットに行くのでこうしたことをたまに経験します。トロントの買い物では客も店もとても寛大で、働く人とお客さんの関係が、とても近い気がします。店員とお客さんが普通に会話をしています。これは日本では滅多に見かけない光景ですが、トロントではこの光景を見ない日はありません。反面、道路ではクルマのクラクションの使用方法が日本とは極端に異なっていて、日本なら感情がぶつかり合って事件が起きそうになる程、些細な不満をクラクションで表現します。これも日本では、滅多に見かけない光景です。この2つの情緒的なアンバランスは実に不可解です。 また、トロントでは公共施設などのドアの開閉時に前の人が後ろの人のためにドアが閉まらないようにちょっとの間、支えるという親切をするのが常識になっています。とても細やかな気遣いを感じます。こうした体験を生徒たちといつも話し、「多くの人がよいと支持していること」について日本との違いを議論もします。すると、人間の社会性が形成されていくときに、日常の環境が与える影響は、ずいぶん大きなものだということに気づきます。子どもたちは他の人の行動や言動を規範にしやすい特性を持っています。子どもは、決して学校を世界の全てと思ってはいません。学校外での体験から、たくさんのことを学んでいます。生徒たちが、良いマナーを身につけるのが早いのはこうしたことが理由かもしれません。授業が終わると自分の机の上のゴミは全て(消しゴムの消しカスも)、ゴミ箱に入れて帰ります。貸し出しの本の期限を全員がきちんと守ります。異文化社会という環境の中で、何がしかの理由で身につけたのか個々の特性かは、わかりませんが、異文化の中で暮らすのは楽しいことばかりのはずがありません。精神的にしんどいこともたくさんあるはずです。異文化を理解するには、どこかしら別の能力が要求されています。家庭や学校の中や、机に向かって獲得できる類のものではありません。 自力でマナーを身につけたり、文化の違う相手を受け入れようと努力したりするというのは、とても尊いことです。

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